チームポケルタ タンケン日誌 第1章 第1話
第一章 星見の山の流れ星
第一話 謎の手紙
山の頂はシンと静寂だけが支配する、とても神聖で、物寂しい場所だった。
山頂といってもここは山の内部を登ってたどり着く一番高いところである。
ドーム状の空間のてっぺん部分に丸く穴が開いていて、そこから無数に輝いているであろう夜の星がわずかに覗いている。光源といえばその星明りぐらいだというのに、不思議と辺りがはっきりと見渡せた。
そして、その穴の真下に、星の光を存分に浴びて大きな岩がポツリとある。それはどことなく赤子を包むおくるみの様な形をしており、赤子の顔が出る部分に大きな紫色の水晶の塊が収まっていた。
この場所に足を踏み入れた彼は、辺りを覆う雰囲気に圧倒されてその巨体をぶるりと震わせる。この静けさの中にかすかに死のにおいを感じたのだ。
「いや、ここで怖気づくわけにはいかない。俺には……俺にはもう、これしかないんだからな……」
勇気を奮わすために発したはずの己の言葉は、この場を満たす冷たい虚空に嫌に大きく響いた。
後には引けない。ただそれだけの後ろ向きな覚悟を携えて、彼はその手に握りしめた「石」を夜空にかざして呼びかけた。
「目覚めよ、全てを叶えし願い星よ……!」
その直後、眩しい閃光が辺りを包み込み、彼の視界を白く染めた。
――おはよう。キミの願望(ネガイ)は、なに?――
―☆―☆―☆―☆―☆―☆―☆―
青さのきらめく真昼の空の下、トレジャータウンはこれから午後の探検に行くポケモンたちでいつものようににぎわっていた。世界を揺るがした『時の歯車』事件から早くも一年が経っているが、ダンジョンからの救助依頼はいまだになくなってはいない。それでも平和と言えるいつもと同じ一日がそこにはあった。
町から少し離れた崖、サメハダーのように見えることから「サメハダ岩」と呼ばれるその場所の中に基地を構えている探検隊「ポケルタ」にも、いつもと同じ一日が待っている、はずだった……。
「ピカチ? ピーカーチー?」
雑然と探検道具が放って置かれている基地内で、ボクの耳には崖にぶつかる波の音と相棒の名前を呼ぶポッチャマの声、つまり自分の声と、のんきな寝言が聞こえていた。
「えへへ……もうたべれないよ……」
地面にしいたワラの上では、一匹のピカチュウが気持ちよさそうな顔で、よだれをたらしながら眠っている。食い気の強いコイツのことだ、またリンゴをたらふく食べている夢を見ているのだろう。
ボクは大きく息を吸い込んでから、叫んだ。
「ピカチッ!!」
「ハイィッッ!!!」
ボクが一喝すると寝坊介ネズミは奇声を上げながら飛び起きる。
「もう! いつまで寝てんのさ、もうお昼だよ!!?」
眠そうに目をこすっている相棒のピカチの顔を覗きこみながら小言を言うと、
「あうー、ゴメンゴメン……っていうかさぁ! なんでぼくのコトおこしてくれなかったんだよぉ!?」
ある意味逆切れしながらも正当な文句を言ってくるピカチに少々驚きながら、ボクは真面目な顔をしてコイツを見下ろした。
「……実は、ボクも今起きたんだ。……テヘッ」
「あーッ!! リンゴがないぃ!!?」
ボクの最高のお詫びスマイルを完全にスルーして、ピカチはとっちらかった基地の中をあわただしく探し回っている。せっかくわざわざボケたと言うのに、これではボクは完璧に滑っているじゃないか。まあ、事実ではあるのだが。
「うっそ~ん! なんでないんだぁぁぁぁ!? ぼくのリンゴぉぉぉぉぉ!!」
「リンゴは昨日の夜、オマエが食べちゃったんだろうが!! 最後のリンゴだったのに……。おかげでボクは空腹で倒れそうだよ!! ダンジョンじゃないのに!!」
「まあまあ、おちついてよ~。ポチャにはカルシウムがたりてないんだよ~」
「足りてないのは栄養素全般じゃい!!」
朝っぱらから噛み合わないケンカでうるさい基地内に、どこか田舎臭い懐かしい声が聞こえてきた。
「おーい、ポケルタの二匹~? 起きているでゲスか~?」
基地の出入り口からボクらを呼んでいるようだ。
「ああ!! ビッパだ! なんかようかな? あ、そっか、ぼくらにリンゴをくれにきたんだね!」
「いや、それはねーよ!!」
と言うボクのツッコミも聞かずに、ピカチは持ち前の敏捷さであっという間に階段を駆け上って外へ出てしまった。
ボクはなんだかやるせない気持ちを抱えながら、ピカチの後を追いかける。
「ピカチ、ポチャ、おはよう……と言うか、こんにちはでゲスね」
そう苦笑しながらボクらを出迎えたのは、ボクたちが探検隊候補生として所属していたギルドの、先輩ポケモンのビッパだった。
ボクらが色々あって奇跡的にギルドを卒業して以来だから……結構会っていないことになる。
「あ、あはは。やっぱり寝坊したのばれてましたか……」
「ひっさしぶり~! げんきだった?」
苦い顔で恥じるボクの言葉に被せるような勢いでピカチが無駄に元気な声を上げる。
「もちろんでゲスよ。ギルドのみんなも、元気いっぱい、バリバリ働いているでゲス!」
ピカチの問いかけに笑顔で答えるビッパ。なんだかボクは置いてけぼりである。寂しい。
だが、このまま放って置くと絶対に本題には入れないので、ボクは自然と話の流れを戻すことにした。
「あ。そうそう、今日はどうしたんですか? 急に来るなんて……」
「リンゴだよね! ね!」
期待に目をキラキラと輝かせて、さらによだれまで垂れかけながらしつこくたずねるピカチ。ビッパは困惑しながら、じりじりとピカチとの距離を取る。
「リ、リンゴ? なんのことでゲス? まあ、リンゴじゃないんでゲスが、渡したいものがあるんでゲスよ」
「え? 渡したいもの?」
ボクらがそろって首をかしげていると、ビッパはさげていた探検バックをごそごそと漁って一通の手紙を取り出した。手紙のあて先には、やや角ばった几帳面な文字で『ポケルタさんへ』とボクらのチーム名が記してあった。
「なんだろ? よんでみるね」
ビッパから手紙を受け取り、ピカチが封を開いて読み始める。
ふんふん、ふんふんふん。うなずきながら手紙を読んでいく。
そして、最後まで手紙を読み終えると、
「なるほど、よめない!」
「じゃあなんで分かったふうにうなずいてたんだよ!!!!!」
とても爽やかないい笑顔を浮かべるピカチの頭をぺしりとはたいてから、ボクは手紙の内容を声に出して読んだ。
「ポケルタさんへ
ボクはヨーギラスのラギといいます。
今回はポケルタさんにお願いをしたくてこの手紙を書きました。
くわしいことは、ちょくせつ会ってお話したいので、
トレジャータウン近くの海岸まで来ていただきたいです。
待っています。ラギより
……だって。依頼、みたいだね」
ちらり、とピカチの方を流し見ると、アイツはもう目を冒険の予感にキラキラ輝かせていた。ワクワクしているのが見ているだけでも伝わってくる。
「さっそくいってみよう! ありがと、ビッパ!」
言うなり、ピカチはなぜか海岸へと向かう道とは別方向に駆け出していく。見知った場所でも見事なまでに迷子になる。それがピカチだった。
「あぁ! 待ってよピカチ! そっちは違うだろ!?」
そしてそれをボクが追いかけて止め、ずりずりと正しい道へと引っ張っていく。
いつもの探検の始まりだ。
「いってらっしゃいでゲス~!!」
見送りの言葉にボクとピカチは手を振り返す。
そんなボクらをビッパは眩しそうに懐かしそうに眺めていた。